出光興産のテレビCM『SSリレー編』が好きすぎて登場する全SSに聖地巡礼した話 – 導入編

出光興産と聞いて、その名前を知らないという人はほとんどいないだろう。言わずと知れた国内シェア第2位の大手石油元売会社である。「アポロマークの出光興産」というフレーズはCMの提供読みで長年お決まりとなっていたから、耳馴染みのある方もいらっしゃるだろう。

かつて日本石油(現在のENEOSホールディングス)の一代理店として九州の門司に生まれた小さな会社が、戦中戦後の動乱期を経て日本の大手元売の一角に成長した――。そんなロマンに満ちた出光の歴史、あるいはその創業者出光佐三の人生は、百田尚樹著『海賊と呼ばれた男』の題材となり、映画化までされた。
しかし今日の石油業界は様々な環境要因が重なり成熟しきってしまった。業界は再編に次ぐ再編を経てENEOS、出光、コスモ石油の大手3社体制となり、中でも出光は創業時の名を残す唯一の元売となっている。

そんな出光が2014年から2018年ごろまで放送していたテレビCMに、『タンクローリー編』と『SSリレー編』がある。これらのCMにハマりすぎた私は、『SSリレー編』に登場するSSをすべて特定するとともに全SSに“聖地巡礼”し、CMを完全再現した動画まで制作してしまった。
本シリーズ記事では、その全経緯について備忘録も兼ねて記載する。なお、SSというのはサービスステーション、すなわちガソリンスタンドのことで一般にはGSと略されるが、記事内ではCMのタイトルに合わせて「SS」と称することとする。

業界の成熟に伴い地味になってしまった石油元売のテレビCM

『栄枯盛衰』そのものの石油業界

石油元売のテレビCMは、かつては派手なものであった。
高度経済成長の過程で日本国内の石油製品需要は拡大し、原油の輸入から精製を担う石油元売会社は多いときで20社近くを数えるにまで増加した。また、バブル経済の前後においては自動車の大型化や若者のドライブブームが重なり、元売各社にとって恵まれた環境が続いたといえるだろう。

そうした中で特に各社がアピールに鎬を削ったのが、プレミアムガソリンやエンジンオイルであった。
ガソリンはJIS規格の改訂が続いたことなどに伴い今日では元売間で品質の差がほとんどない――それどころか、地域によっては元売同士で在庫を共通化しているため品質の差はまったくない――が、かつては無鉛化や独自添加剤の配合、高オクタン価化などで差別化が図られ、各社そのアピールに余念がなかった。またガソリンだけでなく高性能なエンジンオイルも、特に『走り』にこだわる層向けに高級車が走り抜けるシーンなどとともにCMの題材となった。
次いでアピールされたのが、各社が展開するクレジットカードであった。ガソリンでの差別化が難しくなっていく中で、わざわざ特定のマークを掲げるガソリンスタンドに訪れる客が減っていくであろうことは各社ともにリスクとして認識していたはずだ。そうした事業環境下、石油元売にとってカードビジネスは顧客囲い込みのための有効なソリューションであった。

しかし今日、自動車の需要自体が減り続ける中で、ガソリンやエンジンオイルのCMを見ることはまったくといっていいほどない。それだけに、ENEOSが2020年に発売したエンジンオイル(ENEOS X PRIME)のテレビCMを吉田羊を起用してまで流したことは、個人的にはかなり意外であった。
いずれにせよ、元売各社がCMを通じて本業でアピールできることは今日ではほぼなくなってしまい、それと呼応するかのように各社のCMは“地味”なものになってきている。

地味 of 地味な出光

出光興産のCMは、元売各社の中でも特に地味な存在かもしれない。

厳密には、そのイメージは「今日では」という限定付きになるだろうか。
かつては早見優やとんねるず、菅野美穂などその時代時代を風靡したスター(それぞれ現在に至るまで活躍されている)がイメージキャラクターに起用され、出光のガソリンやオイル、カードなどをアピールしていた。

2000年代後半くらいにかけては具体的な商材に関するCMが減り、同時に芸能人の起用もなくなっていった。いわゆる企業広告へのシフトと同時に、出光のCMは一気に地味なものになっていった。しかしこの地味さの中になにか惹きつけられてしまう要素があったことも確かで、ここについては後段で詳しく述べたい。

イメージは抜群なコスモ石油

地味な業界にありながらCMを通じたイメージ戦略がもっとも奏功しているのはコスモ石油(コスモエネルギーホールディングス)だろう(独断と偏見に基づく)。
菅野ようこが作曲した“あの曲”は強烈だ。テレビだろうとラジオだろうと、あのピアノのメロディ「♪タララン、タララン、タララン・・・」が流れてきた瞬間にコスモのCMだとわかる。追い討ちをかけるようにCMを締めくくる「♪心も満タンに、コスモ石油」というサウンドロゴも耳のこりがよく、秀逸という他ない。

ただ一つ問題を挙げるとすれば、このCMを見たり聴いたりして心地よさを感じることはあっても、コスモのSSに行くこと自体に大変なハードルがあることだ。行動圏にちょうどコスモ石油のスタンドがある場合を除けば、道路を何気なく走っているときに目に入ってくるのはだいたいがENEOSのSSであり、そしてまた次に見えてくるのもENEOSで、たまに出光といった具合で、まれにコスモのスタンドを見かけても、個人的には入るのになんだかちょっと勇気がいったりする。
あれ、これってイメージ戦略がうまくいっていると言えるのだろうか――と思わないでもないが、AMTULでいえばAとMにおいてコスモのCMは素晴らしい事例だろう。

余裕のENEOS

一方最大手のENEOS(ENEOSホールディングス)は毛色が異なる。少し前までは胸を叩きながら「ウホッ、ウホッ」を発するゆるかわキャラエネゴリくんと水川あさみの絡みが定番だった。統合に次ぐ統合でもたらされたその圧倒的なガソリンスタンド数とそれに基づくブランド力をもってすればシェアもブランドイメージも揺らぐことはないのだから、余裕がある。
冬になれば日石時代から続く定番のメロディに乗せて「♪ENEOS灯油でほっかほか」と語りかけることで、消費者は「もうそんな時期か」と冬の訪れに改めて思いを致し、灯油ストーブのあるお宅であれば灯油を買いにガソリンスタンドへ向かう。コスモと並んで――歴史は「日石灯油」の方がよほど古いが――、ENEOSも消費者に浸透した強力なフレーズを持っている。

異色だったJOMO

業界再編の波に揉まれ比較的短命に終わったJOMO(ジャパンエナジー)は、ややもするとお堅い印象を持たれがちな石油元売業界にありながら、珍しく華やかなイメージを放ったプレーヤーかもしれない。
そうしたイメージを作り上げたのが、業界としては異色ともいえるCIだった。シックでナチュラルな濃い緑色をベースに誂えられたキャノピーはSSのイメージをガラッと変えた記憶があり、いまの時代でも十分通用するデザインだったのではないかと思う。竹内結子を起用したCMも、優しく穏やかな雰囲気で親しみやすかった。

結局、各社ともアピールできるのは「油外」の新事業

昔話はともかくとして、エネゴリくんのENEOSも、心も満タンにするコスモ石油も、いまとなっては世界の脱炭素化や国内市場の縮小などの大きなうねりの中で、もはや本業でアピールできることはほとんどなくなってしまっている。
ENEOSホールディングスが標榜しているのは『総合エネルギー企業』だし、かつてはコスモ石油の子会社にそのまんま「総合エネルギー」という会社があったりもした(現 コスモエネルギーソリューションズ)。ENEOSが2,000億円をかけて風力発電会社を買収することを決定したのも、事業構造転換を目指す一環だ。
それだけにCMで取り上げる題材も、商品広告なら「小売電力」だったり「カーリース」であったり、企業広告でも「東京オリンピック・パラリンピックの聖火台の炎を支える水素」だったりと、まだまだ各社を支える“柱”と言えるまでには成長していない事業群ばかりになる。各社の新事業への涙ぐましい注力ぶりがCMにそのまま透けて見えている。

“地味”だが“異質”な出光のCM

『新生出光』になってもやっぱり“地味”

出光に話を戻そう。

出光のCMには誰もに耳馴染みのある音色もなければ――『♪ほっともっときっと、出光』は誰もに耳馴染みがありそうではないし、いまも続く『日石灯油』のメロディとは対照的に統合により消滅してしまった――、エネゴリくんのような親しみやすいキャラクターもいない。一時期は芸能人の起用も減り、人物が出てきたとしても社員を登場させるCMが比較的多かった。
一転して、昭和シェルと一つになった新生出光は現在のCM女王の一角である長澤まさみを起用し、これまで縁のなかったジャニーズ事務所のグループの曲をBGMに用いるなどの変化が見られるが、これらが放送開始時のリリース以外で話題になることはほとんどない。やはり地味である。

だがしかし、そんな地味な出光のCMに、なぜか惹かれてしまう自分がいる。

『タンクローリー編』と『SSリレー編』の“異質性”

中でも強く惹かれたのが、『タンクローリー編』と、このシリーズで紹介する『SSリレー編』だ。
これらのテレビCMは同時期に放送されていたもので、放送開始は2014年3月。その後、私の記憶では2018年ごろまで放送が続けられていた。

まずそのネーミングからしてわかるように、テーマが潔い。
ここまで言及してきたように、今日では石油元売のCMがその本業であるところの石油事業を取り上げることはまずない。あったとしても、コスモのCMでわかるようにスポットライトが当てられるのはそこで働く人々であったり、あるいは地域の人々とのつながりであったりが主で、つまりはヒューマンドラマを見せている。
これは裏返せば、「本業でCMで見せられる要素はそこくらい」という一種の諦めの表れとみることもできる。

一方、出光の『タンクローリー編』『SSリレー編』はどうだろう。
それぞれのCMに15秒・30秒・60秒のバージョンが用意されているが、その全編にわたって映し出されている被写体は、いたってシンプルにタンクローリーであり、サービスステーションである。
作りもシンプルだ。カット割りや構図、画づくりこそかなり練られているが、『タンクローリー編』では、重厚感のある管弦楽曲をBGMに、油槽所で積み込みをしてSSに石油製品を送り届けるタンクローリーをただただ映し出している。『SSリレー編』では重層的で流れるようなピアノ曲をバックに、いたる場所に建つ出光のSSを車窓から眺めている風の演出だ。いずれのCMでも最後にシンプルなナレーションが入り、サウンドロゴもなく白地に「出光」のロゴ表示と読みのみで締めている。
人物はわずかにしか映されない。『タンクローリー編』では、ローリーの運転手が油槽所で積み込みをしている姿や送り届けた先でSS店員がローリーを見送る姿が映されるが、いずれも引いた画か極めて短時間のカットだ。『SSリレー編』も終盤でSSに働く人が被写体となるが、こちらも極めて短時間かつ画面を揺らしていて、『SSを訪れているときにたまたま店員の様子が目に入った』ような演出になっている。

タイトルを知らずとも、これらのCMの主体はあくまでもタンクローリーであり、あるいはサービスステーション(ガソリンスタンド)であることを見る人に強く印象付ける構成となっている。

このようなシンプルな構成なのに――いや、だからこそなのかもしれないが――、これらのCMがめちゃくちゃかっこいいのだ。構成だけではなく、1カット1カットもいちいちかっこいい。
そしてこの主体設定に、これらのCMのある種の『異質性』がある。
未だかつて、石油元売がタンクローリーやSSをそのまま主体にしたテレビCMを流したことはなかったのではないか。新聞広告や雑誌広告の一テーマになったことくらいはあるかもしれないが、テレビCMのテーマとしては異質である。

タンクローリーやSSをCMの主体にすることの意味

石油元売のテレビCMでタンクローリーが主体になるというのは、例えるならばコンビニ業界がテレビCMで配送トラックを推すようなものである。しかしそのようなはCMはあまり想定できない。

コンビニはもはや生活インフラの一部となって久しく、それを下支えする存在としての配送網の重要性やそれを築き上げてきた各社の努力は様々なところで語られている。それだけに企業広告のテーマとしてはあり得そうだし、紙面の広告なら既に事例はあるかもしれない。しかし、テレビCMとしては私が調べた限りいまのところ存在しない。
コンビニであれば商品広告の題材に事欠くことはない。そしてなにより、正直パッとしない。おそらくその辺りが配送トラックがCMにならない理由だろう。

SSがなんの説明もなくただただ映し出されていくテレビCMというのもなかなかに珍しい。

業界問わず、新ブランド立ち上げ時に「新生○○です」と新たに掲げるマークや新たな店舗デザインを紹介するくらいのことはするかもしれない。しかしそうしたCMが目的とするのはブランドの認知であって、だから店舗イメージも概ねCGや仮のセットで十分か、むしろその方が適していたりする。
しかし出光(ここでは昭和シェルとの統合前の)ほどにブランドが浸透している場合、それは必要なことではない。しかも『SSリレー編』で映されているのは、必ずしも綺麗でも大規模でもない、それどころかゴミゴミした日常風景の中にある、“ごく普通の”出光のSSである。そして繰り返しになるが、コスモのCMのように、SSを中心に繰り広げられるヒューマンドラマが展開されているわけでもない。

テレビCMのテーマとしては、タンクローリーもSSも見方によっては時代遅れで、「なんでいまさら?」という疑問を見る人に抱かせてもおかしくはない。これらのCMが放送開始となった2014年の時点で既に国内の石油製品の需要は漸減が続いていたし、新商品や新ブランドの立ち上げがあったわけでもないからだ。石油元売にとっても本業はもはやアピールする対象ではなかったはずだ。

にもかかわらず、なぜ出光はあえてそうしたテーマのCMをリリースしたのか。

石油業界の再編は2010年代に最終局面を迎えており、その背景として2009年に成立したいわゆる「エネルギー供給構造高度化法」の存在が小さくなかったとされる。
放送開始の2014年当時というのは、2010年に新日本石油がジャパンエナジーなどを合併し、2012年には東燃ゼネラルがエクソンモービルの日本事業を買収するという一連の流れの中で、唯一再編を経験していない大手元売として出光の動向が否応なしに注目されるタイミングだった。
出光にとっても再編が他人事ではない環境であったことは想像に難くなく、実際、2014年12月には日本経済新聞によるスクープで出光による昭和シェルの買収交渉が進んでいることが明らかになっている。

消費者からすれば、再編に次ぐ再編でロードサイドに建つSSのブランドがどんどん掛け替わり、あるいは店舗網の最適化という名目で普段使い慣れたSSが閉店の憂き目にあう様子などが印象付けられているタイミングだろう。
全国のSS数は1994年の6万件あまりをピークに減少に転じている。2013年度末の全国のSS数は前年度末から1,643件減の34,706件で、この1年間の減少幅▲4.5%はピークアウト以降で最大だった。

「出光はどうなるのか」「出光も再編でブランドが変わってしまうのか」「使い慣れた出光のスタンドはなくなりはしないか」――。消費者はもちろんのこと、SSを運営する事業者やそこで働くスタッフ自身も不安に駆られるに違いない、そんな事業環境だった。

そうした当時の事業環境を踏まえると、このCMの見え方がまた少し変わり、そしてタンクローリーやSSをCMの主体に据えた本当の目的らしきものが見えてくる。
すなわち出光は、消費者に対して、出光の石油製品を販売する事業者に対して、そしてもしかすると、“斜陽”とささやかれる業界で働く出光の社員に対しても、エネルギー供給を絶やすことなく守り抜く覚悟とプライドを伝えたかったのではないか。

そう考えるのはやりすぎた妄想だろうか。改めて、CMの中でナレーションは次のように語っている。

都市ばかりが国じゃない。
一つひとつの地域がかけがえのないニッポンです。
出光はこれからも、日本全国にエネルギーを届け続けます。
変わることなく、エネルギーを守れ。命を守れ。
ニッポンに、エネルギーを。 出光

出光興産 テレビCM『タンクローリー編』 声:遠藤 憲一

今日も、人が動いている。
今日も、この国が動いている。
ニッポンに、エネルギーを。 出光

出光興産 テレビCM『SSリレー編』 声:足立 智光

『タンクローリー編』の「一つひとつの地域がかけがえのないニッポン」というワードにはちょうど話題になりつつあったSS過疎地の問題に対する出光としての姿勢が表出されているようにも見えるし、「出光はこれからも」「変わることなく」というワードには再編に飲み込まれんとする出光のプライドが見え隠れしているようにも見える。
『SSリレー編』の方は打って変わってシンプルに、躍動する人や国をエネルギーで支えたいというメッセージをストレートに伝える構成だ。

書き出してしまうと綺麗事といえば綺麗事だし、いかにも出光らしいというかかなり右寄りにも読めるメッセージだが、映像と音楽と俳優さんの語りがあいまってこれがまた沁みてしまうから不思議なものである。
そして、前述の“妄想”があながちまったくあり得ないものでもないこともご理解いただけたのではないかと思う。

まとめ

以上、出光興産のテレビCM『タンクローリー編』と『SSリレー編』について紹介してきた。だいぶ話が脇道にそれてしまったが……。

次回以降の記事では、特に『SSリレー編』にフォーカスする。
『SSリレー編』に登場するSSは、すべてが実在の、日常の中にあるSSたちだ。それもあってか、このCMを見ているとどこか懐かしさを感じたり、旅に出たい気分になったりもする。

そうした気持ちが高じて、私は無謀にも全SSを特定したいと思い、またそれらのSSを実際にこの目で確かめたいという気持ちも抑えられなくなってしまった。ついでなので(!?)CMの再現動画も作ることにした。

ということで、それらの全経緯を以下の三編にわたって整理する予定である。

  • 特定編:『SSリレー編』に登場する全SSの特定
  • 旅行編:全SSを巡る旅の敢行
  • 再現編:CMの再現動画の制作

次回は特定編から。お読みいただきありがとうございました!