京急衝突脱線事故(2019年)の事故調査で論点となりそうなこと (鉄道事業者側について) 前編

2020年6月7日

2019年9月5日、京浜急行電鉄(京急)本線を走行中の下り快特列車が、神奈川新町駅(横浜市神奈川区)通過直後に踏切道内で立ち往生しているトラックと衝突。列車は脱線しながらトラックを数十m引きずって停止した(以下「本事故」という)。
当日は平日で、時刻は午前11時40分ごろと混雑する時間帯ではなかったものの、乗客・乗員33名が負傷。トラックの運転手1名が亡くなった。

本事故に関する運輸安全委員会の事故調査は目下継続中である。『事故調査報告書』が出るまでに、あと半年はかかるだろう。したがって、本記事は事故調査を断定するものではないことをまずご理解いただきたい。
しかし、その事故調査で論点となりそうなことの推察は可能であり、本記事ではそれを試みたい。

本事故には大きく3つの関係者がいる。すなわち、

  1. 貨物自動車運送事業者(トラック運転手を含む)
  2. 鉄道事業者(京浜急行電鉄)
  3. 道路行政(国土交通省、神奈川県、神奈川県警察)

の三者である。そして事故を発生に至らしめた原因は、直接的か間接的かや過失の割合などは別として、三者それぞれにあったと考えるのが自然だろう。
ただし、このうち1. と3. については私は門外漢であるし、すでにブログやYouTube等でそれぞれの視点で考察を試みている方が多くいらっしゃるため、ここでは扱わない。かといって、鉄道についても現在当事者ではなく、素人といえば素人ではあるが…。
したがって、1. と3. に落ち度がなかったと言いたいわけではないこともご理解いただきたい。1. と3. に関する「トラックが現場の踏切に進入していなければ…」あるいは「大型が通れないことが標識でもっとわかりやすく伝わっていたら…」などはそれぞれ言うまでもなく見逃せない観点であり、『事故調査報告書』でも網羅されるはずである。

本記事は、あくまでも「鉄道側ではこんなことがあったのではないか、こんな改善ができるのではないか」という論点出しの試みである。「鉄道側はそんな感じなのね」と皆さんが考える際のヒント程度に捉えていただければ幸いである。

なお本事故については、特に京急における特殊信号発光機の作動の様子について、2019年9月8日にYouTubeに動画をアップロードしている。併せてご覧いただければ幸いである。

JR福知山線脱線事故との共通点

本題からは逸れるが、本事故から遡ること約14年半前、2005年4月25日の朝。JR福知山線の塚口駅・尼崎駅間を走行中の上り快速列車が、尼崎駅手前の右カーブに差し掛かったところで脱線した。JR福知山線脱線事故(福知山線列車事故とも)である。
今年は15年の節目。慰霊式こそ新型コロナウイルスが猛威を振るう中で中止となったが、ニュース等で「もう15年か」と感じられた方も多かったことと思う。

現場で感じた事故の重さ

福知山線の事故現場付近に整備された「祈りの杜」が工事中のころ、私は出張をきっかけに現場の献花台を訪れたことがある。
平日の日中というタイミングもあってか、私一人を除いて訪問者のないひっそりとした現場入口。その両脇には、JR西日本の青い腕章を付けたスーツ姿の係員二人が立っていた。
入ろうとする私を迎えた二人は深くお辞儀をし、献花台で祈りをささげている間もそこに佇み、そして帰ろうとする私に二人はまた深くお辞儀をして見送ってくれた。

雨の日も、風の日も、たとえ訪問者がいなかろうと、係員はそこに立ち続けている。
JR西日本の『鉄道安全報告書』などで触れられている通り、彼らはJR西日本やそのグループ会社の社員である。これは安全意識の向上に向けた取り組みの一環であり、年間約2,000人が立哨に当たっているようだ。

彼らは立哨の間言葉を発しない。もちろん、訪問者からなにかを尋ねられたり、ときに厳しい言葉を投げ掛けられたりした際には適切な応対をすることになるのだろう。
そんなことも考えながら、いろいろな感情が相混じった私は二人に「お疲れさまです」と声を掛けようとも思ったが、それも違う気がした。長い時間滞在したわけではないが、現場の雰囲気はやはり重かった。事故当事者の社員であればなおさらで、立哨を通じて得られるものは少なくないはずである。

二つの事故の共通点

福知山線の事故と本事故とは、事故に至った経緯、被害の大きさ、社会的影響も大きく異なるものであり、単純に比較できるものではない。しかし、共通点を見出すことはできる。それは、「人間が起こしうるエラーを事故に直結させないために、どのようなシステムを備えておくか」という問いにどう答えるかということである。

福知山線の事故についてここで詳述はしないが、直接的な原因としては、現場のカーブに制限速度(時速70km)を大きく超える速度(時速116km)で列車が進入したことが挙げられる。
この背景には、「ATS(自動列車停車装置)」の不備があった。すなわち、現場となった福知山線の尼崎駅~宝塚駅間にはATS(正確にはATS-SW形)が設置されていたが、速度照査の機能が備わっていなかった。これがカーブでの速度超過につながったのである。

他方、本事故における脱線は直接的には列車のトラックへの衝突によるものであった。衝突に至るまでになにが起きていたのか。事故はどのように防ぎ得たのか。以下、整理をして考えてみたい。

本事故については、すでに報道等を通じて当時の状況が一定程度明らかになっている。しかし、各社の報じ方の差異や表現の揺れにより、ある特定の記事だけで事故の全体像を把握することが難しくなっているとも思われる。
そこで、本セクションでは、本記事執筆時点で明らかになっている事実を網羅的・構造的に再整理する。

そもそも踏切にはどのような安全装置があるのか

本事故を理解する上で不可欠な要素であり、後の論点の検討にもかかわるため、あえてここで取り上げておく。

前提として、鉄道に関する技術上の基準は、国土交通省令としてその名も『鉄道に関する技術上の基準を定める省令』(以下「『省令』」という)に定められている。
また、鉄道事業者にとっての実務上の基準としては、さらに同省令の『解釈基準』(以下「『解釈基準』」という)が定められている。

『省令』では、踏切道(鉄道と道路が交差している場所)に支障が生じたときには、これを列車に知らせることができなければならない、と定められている。

踏切保安設備は、列車の速度、鉄道及び道路の交通量、通行する自動車の種類等を考慮し、必要な場合は、自動車が踏切道を支障したときにこれを列車等に知らせることができるものでなければならない。

『鉄道に関する技術上の基準を定める省令』第62条第2項

『省令』のうち「踏切道を支障したとき」に関する定めとしては引用した内容がすべてであり、以下で取り上げる「踏切支障報知装置」「障害物検知装置」などは『解釈基準』で初めて登場するものである。

踏切支障報知装置(非常ボタン・障害物検知装置)

踏切で何らかの異常が発生した場合、それを列車に知らせるためには、まず異常を検知する必要がある。そのために設けられているのが「踏切支障報知装置」である。
『解釈基準』は、踏切支障報知装置について以下の通り規定している。

(1) 発炎信号、発光信号又は発報信号を現示する装置(以下「現示装置」という。)を設けたものであること。ただし、近接する主信号機若しくは車内信号機に停止信号を現示するもの又は停止を指示する制御情報を示すものにあっては、この限りでない。
(2) 操作装置又は障害物検知装置により現示装置を動作させることができるものであること。
((3)~(4)略)

『鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準』VII-9(第62条(踏切保安設備)関係)8

このうち「操作装置」の一種がいわゆる非常ボタンであり、「現示装置」の一種が後述する特殊信号発光機に当たる。つまり、非常ボタン・障害物検知装置は特殊信号発光機などとセットで設置しましょう、と言っている。

非常ボタンは踏切を特に徒歩や自転車で渡る人にとってはなじみのあるボタンだろう。踏切道内に自動車や人が取り残されてしまったなどした場合に、自らの手で、または周囲の人がボタンを押すことで、迫ってくる列車に異常を知らせることができる。
『解釈基準』では、単線でない限りは線路の両側に設けることとされている。

(1) 線路の両側に押しボタン、開閉器等の操作スイッチを設けること。ただし、単線に係る幅員の狭い踏切道又は操作スイッチを専ら踏切警手が取り扱う踏切道にあっては、線路の片側の操作スイッチを省略することができる。
((2)~(4)略)

『鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準』VII-9(第62条(踏切保安設備)関係)9

また、障害物検知装置(障検)も、踏切から線路方向を注意深く見たことのある人にとっては「あれね」となるものであろう。複数の筒状の装置や、怪しげな箱が踏切道の方を向いていたら、それが障害物検知装置である。
光センサー型のものや三次元レーザレーダ式のものなどがある。本事故の現場となった踏切には後者が設置されていた。
先の非常ボタンが“手動による異常検知方法”なら、障検は“機械による(自動の)異常検知方法”ともいえる。踏切の警報機が鳴り始めてから一定時間経過後(この設定は事業者や踏切によって異なる)にも自動車が踏切道内に残っている場合に、列車に異常を知らせる仕組みとなっている。高精度なものであれば、自転車や人間にも反応する。
『解釈基準』では、次の通り規定されている。

(2) 自動車(二輪車等を除く。)が踏切道を支障し、かつ、列車等が当該踏切道に接近した場合に、光、電磁波、音波等により自動的にこれを検知するものであること。
((1)、(3)~(5)略)

『鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準』VII-9(第62条(踏切保安設備)関係)10

なお、踏切支障報知装置は『解釈基準』で機能について規定されているに過ぎず、設置の判断は鉄道事業者に委ねられているのが現状である。

特殊信号発光機(特発)

非常ボタンや障検は踏切道内(場合によってはその周辺)での異常を検知するが、ではそれをどのように列車に伝えるのか。その“伝える”役割を果たすのが、「特殊信号発光機」(以下「特発」という)である。本事故の報道で初めて知ったという方も多いのではないだろうか。

京急は赤色4灯式の特発を採用しており、作動すると4灯が同時に明滅する。作動している様子は、先に紹介した動画でも紹介している。
他の多くの鉄道事業者では、赤色5灯式の特発が設置されている場合が多い。作動時には5灯のうち2灯が回転するように明滅することから、鉄道ファンからは親しみを込めて(?)「クルクルパー」などと呼ばれることもある。また、JRなどでは縦に細長い特発へ置き換えられている線区も多い(「トウモロコシ」)。

そもそも「特殊信号」とはなんだ、ということになるが、『解釈基準』の定めが端的である。

特殊信号は、予期しない箇所で特に列車を停止させる必要が生じたときに信号を現示するものとし、種類、現示の方式等は、次のとおりとすること。
 ①特殊信号の種類は次によること。
  (ア) 発炎信号 火炎により列車を停止させるもの
  (イ) 発光信号 灯により列車を停止させるもの
  (ウ) 発報信号 警音により列車を停止させるもの
 ②特殊信号による信号は停止信号とし、その現示の方式は次によること。
  (ア) 発炎信号 信号炎管による赤色火炎
  (イ) 発光信号 明滅する赤色灯
  (ウ) 発報信号 無線通信による警音
 ③特殊信号の現示は、支障箇所までに停止できる距離で確認できるものとすること。

『鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準』X-25(第117条(その他信号の現示に関する事項)関係)11

場内信号機や出発信号機、閉そく信号機、入換信号機などは「常置信号機」に分類され、その現示に応じて運転士は列車を進行させ、停止させ、あるいは速度を変化させる。一方で、特殊信号は「予期しない箇所で」現示され、現示されていたら必ず「停止」である。この差異が、特殊信号を「特殊」せしめるゆえんといえるだろう。ちなみに、発炎・発光・発報の3セットは、先に踏切支障報知装置のところで引用した『解釈基準』の「現示装置」の記載にも対応していることを補足しておく。

先に『解釈基準』から引用してしまったが、『省令』における信号に関するいくつかの条文のうち、特に特殊信号については第106条の「列車防護」が関係してくる。

(列車防護)
列車の停止を必要とする障害が発生した場合は、列車の非常制動距離を考慮し、停止信号の現示その他の進行してくる列車を速やかに停止させるための措置を講じなければならない。

『鉄道に関する技術上の基準を定める省令』第106条

ここで出てきた「列車防護」という用語には聞きなじみのない方もいると思われるが、民鉄協会がかみ砕いて解説しているので引用する。

事故が発生し、後続または前方からの列車によって併発事故の危険があるときは、緊急に関連の列車を停止させなければなりません。そのための措置を列車防護といいます。具体的には、事故が発生した箇所から数百メートル離れた地点で、手信号か信号炎管(発煙筒)で停止信号を示し、列車を緊急停止させます。停止信号を出す場所はそのときの状況やブレーキ距離を考慮して決めます。

一般社団法人日本民営鉄道協会『鉄道豆知識』より「列車事故と防護」

ただしこの「事故が発生し」という前置きはやや厳密ではなく、『省令』の条文にある「列車の停止を必要とする障害」の方が列車防護が必要な状況を網羅的に表現している。すなわち、本事故がそうであったように「踏切上に支障があるが、まだ事故に至っていない」などの場合も、当然列車防護が必要な状況に含まれる。
実際、『解釈基準』は列車防護について以下のように規定している。このうち5に記されている内容は後の議論にも大きく関わる部分である。

1 次の場合は、列車防護を行うこと。
 (1) 脱線等により列車が隣接する線路を運転する列車の進路を支障したとき。
 (2) 線路、電車線路その他の箇所に列車の停止を要する障害が発生したとき。
2 列車防護の措置は、支障箇所の外方の適当な距離を隔てた地点において、主信号機、車内信号機、臨時手信号若しくは特殊信号による停止信号の現示又は保護接地スイッチの使用とすること。
(3、4略)
5 新幹線以外の鉄道における非常制動による列車の制動距離は、600m以下を標準とすること。ただし、防護無線等迅速な列車防護の方法による場合は、その方法に応じた非常制動距離とすることができる。

『鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準』X-15(第106条(列車防護)関係)

ここまでの内容で理解されるように、「特殊信号発光機」とは、特殊信号を発光信号で現示する信号機である(そのままだが)。なお、特殊信号発光機は踏切における障害のほか、ホーム上の異常、強風、豪雨、雪崩、落石などを知らせる目的でも設置される。
また蛇足ながら、多くの鉄道事業者や信号機メーカーは特発を「特殊信号発光機」と呼んでいるが、一部には「特殊発光信号機」という表現を用いる事業者やメーカーもある(京王電鉄、しなの鉄道等)。ただし本記事では「特殊信号発光機」の呼称で統一する。

事故当時の状況整理

本事故に話を戻す。

前提としての環境はどのようなものか

本事故の当事者となった列車(以下「当該列車」という)の種別でもあった『快特』は京急が誇る最優等列車であり、京急線に入って品川駅を発車後の停車駅は京急蒲田駅、京急川崎駅、横浜駅…の順に停車する。本事故が起きた踏切の直前にある神奈川新町駅は京急川崎駅を出て8つめの通過駅で、横浜駅の3駅手前にあたる。

神奈川新町駅には快特以外のすべての列車が停車する。駅近くには車両基地や車両の検査の機能を有する『新町検車区』があるほか、一部列車では乗務員の交代が行われることもあり、乗務員が属する『新町乗務区』も併設されている。
ホームの構成は2面4線(ホームが上り・下りの2面、それぞれのホームを2本ずつの線路が挟む)であり、列車同士の待ち合わせや通過待ちができるようになっている。実際、本事故の瞬間も当該列車の通過を下り普通列車が待っていた。

神奈川新町駅の1駅手前(品川方)には子安駅(横浜市神奈川区)がある。子安駅には普通列車だけが停車する。
子安駅から神奈川新町駅までの距離は営業キロで0.7kmと、直線距離であれば肉眼で十分見えるほどに短い。しかし実際には、下り列車が子安駅に差し掛かる手前から線路は緩い左カーブを描いており、ホームの神奈川新町方からでも神奈川新町駅はほぼ確認することができない。もちろん、その先にある踏切も見えることはない。
この左カーブは子安駅と神奈川新町駅のほぼ中間地点で直線に切り替わり、神奈川新町駅の次の京急東神奈川駅を経て、さらに先の神奈川駅手前まで続く。

当該踏切付近でなにが起きていたのか

本事故が起きたのは、下り列車が神奈川新町駅を出てすぐのところ(横浜方)にある『神奈川新町第1踏切』である(以下「当該踏切」という)。

事故当日、横浜市内で柑橘類を積み千葉県成田市に向かっていた13トントラック(4軸低床車)は、何らかの理由で現場脇の狭い道路まで入り込み、遅くとも11時30分過ぎには当該踏切脇までたどり着いた。
ここでまずトラックは左折をしようと何度も切り返しをするが、これを諦める。そして右折を試み始めたのが11時39分ごろ、事故が起きる約4分前のこと。このトラックは全長12m、幅2.5mであり、右折はそのまま当該踏切への進入を意味する。
しかしトラックは右折にも難儀。切り返しを約3分間にわたって続ける間に2度遮断機が下がり、上り・下り列車がそれぞれ1本ずつ通過した。

このとき、付近には通行人に加えて京急の乗務員が二人いたことがわかっている。
二人は運転士と車掌で、乗務交代後の休憩で買い物に出たところこのトラックに出会っている。その時刻が先ほど記載した11時30分過ぎである。
乗務員らは左折に難儀するトラックの運転手から後方確認を頼まれ、しばらくこれを手伝っている。そうしているうちに運転手から「左折をあきらめる」と告げられ、その後はトラックを近くで見ていたという。

そして事故の約1分前の11時42分ごろ、トラックはついに右折をしながら踏切内へと進入するが、曲がり切れず途中で停止。間もなく警報機が鳴り始め、踏切への進入から約20秒後、降り始めた遮断かんがトラックの荷台に乗る格好となった。
これを見ていた既出の京急の運転士は、非常ボタンを押している。

その後トラックは再び前進し、トラックの全体が踏切内に入る。この時点で遮断かんは道路の両側とも降りきっており、トラックは踏切の出口にあたる側の遮断かん前で再び停止。そこへ当該列車がブレーキを掛けながら接近し、停止しきれずトラックの荷台後方左側面へ衝突した。踏切内での再前進から約20秒後のことだった。

当該列車でなにが起きていたのか

事故当日、当該列車は乗り入れ先である京成電鉄の青砥駅を10時47分に出発。三崎口行き快特列車として概ね定刻通りに運行していたとみられる。

普段通りであれば、快特列車は子安駅を通過しながらその後続く直線に向けて加速する。当該列車が加速過程にあったかどうかは定かでないが、子安駅通過後に当該列車は特発の作動を確認。非常ブレーキを掛けたものの踏切手前での停止はかなわずトラックに衝突し、8両編成のうち前方の3両が脱線しながらトラックを数十m引きずって停止した。

本事故の場合、事故の直前まで運行に何ら平時と異なることはなかったと見られ、経緯は以上がほぼすべてである。

踏切支障報知装置・特殊信号発光機はどう作動していたのか

踏切支障報知装置

踏切支障報知装置のうち、非常ボタンは四つ設けられている。線路の両側の、道路の両側に一つずつである。上述の通り、少なくともこのうちの一つが現場に居合わせた京急の運転士によって押された。

さらに、当該踏切にはレーザレーダ式の障検(既出;障害物検知装置)が設置されている。
非常ボタンとは異なり、障害物検知装置は踏切に連動して作動する。動画で紹介した通り、京急の場合障検は警報機が鳴り始めた時点から作動し、同約6秒後(遮断かんが降り始めるのとほぼ同じタイミング)以降は踏切内に障害物があれば特発を作動させる設定になっているものとみられる(この点について一部報道は「警報機が鳴り始めて間もなく特発を作動させる」としているが正確ではないと思われる。警報機が鳴り始めた時点から特発を作動させてしまうと、そのときたまたま踏切を渡りつつある自動車や歩行者等にも反応して特発が作動してしまう。このような背景から、一般には警報機鳴動開始直後は特発を作動させない設定にしていることが、私がアップロードしたものを含む複数の動画で確認できる)。

報道によれば、京急は当該踏切の障検は正常に作動したとしている。当該踏切では警報機が鳴り始めてから遮断かんが降りきるまで約20秒で、本事故はその約15~20秒後に起きたとみられることから、事故の35~40秒前には障検が特発を作動させていたとみているようだ(ここも、より正確には▲6秒で考えるべきかもしれない)。
京急の運転士が非常ボタンを押したタイミングも、情報を総合するとほぼ同時に近かったと考えて違和感はない。

特殊信号発光機

したがって、特発が作動したタイミングは、非常ボタンが早かったか障検が早かったかによらず、少なくとも事故の35秒前、あるいはより厳しい条件を仮定しても29秒前であったと推測される。
事故の29秒前、当該列車はどこにいたのか。議論を簡単にするために29秒間の速度変化を無視すると、時速120kmで走行していたとすれば当該踏切の967m手前地点にいたことになる。遅めに見積もって時速100kmだとしても、当該踏切の806m手前。すなわち、遅くとも子安駅に進入する手前かホーム途中まで差し掛かった時点までに特発は作動していた可能性が高い。

ところで、詳しくは次回述べることとするが、当該踏切に関する特発は3か所にわたって設置されていた。すなわち、当該踏切を起点として10m・130m・390m手前の地点の3か所である。
このうち、もっとも手前に位置している踏切から390m手前の特発を運転士が初めて視認できるのは、子安駅通過直後の地点である。

以上のことから、本事故において特発は遅滞なく(当該列車から視認可能になるよりも早く)作動を開始していたことがわかる。
本事故はいわゆる『直前横断』のような条件で生じたものではなく、警報機が鳴る前から踏切内に支障物(=トラック)が存在していたという、誤解を恐れずに言えば安全システムにとっては“理想的な”条件であったといえる。

『システムがあれば大丈夫』でも『人のせい』でもない

システムは正しく機能していたにもかかわらず、なぜ本事故は起きてしまったのか。
状況の整理だけでもかなりの分量になってしまったので、本題であるところの『事故調査で論点となりそうなこと』については後編で述べていくことにする。

しかしここで、ここまでの状況整理で登場しなかった当事者について触れておきたい。当該列車の運転士である。
『当該列車でなにが起きていたのか』の章では、本来、運転士が「いつ特発の作動を確認し」「いつ非常ブレーキを掛けたのか」という大きな論点が設定されなければならない。そしてこの論点は、本事故の事故調査上も極めてクリティカルなものとして扱われていると思われる。
しかし本事故では、運転士の瑕疵の有無とは無関係な運行を支える仕組みの部分で、事故を起こすべくして起こさせてしまったと思われる要素を複数挙げることができる。だからこそ、一部の報道で一時期見られたような、ことさらに運転士に非があったと思わせるような伝え方はここでは避けたいと考えている。あくまでも想定されるすべての論点を網羅した上で、フラットな検討に努めたい。

敢えて再び例示するとすれば、福知山線の事故でさえ、運転士がたとえどんな無理な運転を強いられる状況に置かれていたとしても、ATSに速度照査の機能が付加されていれば防げた可能性が高い。

本事故ではどのようなシステムが足りなかったのか。事故調査の論点の全体像とともに、後編で検討していきたい。